東京地方裁判所 平成4年(ワ)8596号 判決 1995年11月01日
主文
一 被告乙山春夫、同乙山松夫及び同乙山花子は原告に対し、連帯して金一七四四万三二〇八円及びこれに対する平成二年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告丙川夏夫、同丙川竹夫及び同丙川松子は原告に対し、連帯して金一七四万四三二〇円及びこれに対する平成二年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告乙川春夫、同乙山松夫及び同乙山花子の負担とし、その一を被告丙川夏夫、同丙川竹夫及び同丙川松子の負担とし、その余を原告の負担とする。
五 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告らは原告に対し、連帯して金九一四二万九三五一円及びこれに対する平成二年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 前提となる事実
1 被告乙山春夫(以下「被告春夫」という)と原告は、平成二年八月三一日午後一〇時一〇分頃、新宿区新宿三丁目所在のJR新宿駅第六番ホーム(一一番線、一二番線ホーム)のルミネ口階段寄りホーム上において口論となり、その後、電車に乗り込んだ原告に対し、被告春夫が走り寄り、右足で原告の膝付近を足で蹴ったことから、原告が閉まりかけた電車のドアを開け、ホームに降りて被告春夫の両肩に掴みかかるなどしたところ、現場に居合わせた丁原秋夫(以下「丁原」という)が、原告の左脇腹付近を右足で足蹴りにする暴行を加え、更に、被告春夫が右手手拳で原告の左眼横付近を殴打して、原告に対し、鼻骨骨折、左眼球破裂・左水晶体脱出、左網膜全剥離の傷害を負わせた。
右現場には、同日被告春夫及び丁原とともにスケートボードをして遊び、一緒に帰宅途中であった被告丙川夏夫(以下「被告夏夫」という)、戊田冬夫(以下「戊田」という)及び甲田一郎(以下「一郎」という)の三名がいたが、被告春夫が原告に右傷害を負わせた直後、原告が一郎を押し倒し、手拳で同人の頭部等を殴打したため、被告春夫、同夏夫、丁原及び戊田の四名は、原告の右行為を止めさせようとして、原告の臀部を足蹴りにする等の暴行を加えた。
警視庁新宿警察署は、右事件について、被告春夫、同夏夫、丁原及び戊田の四名を、現場共謀による傷害(刑法二〇四条)の被疑者として送致手続を執り、その後東京家庭裁判所に少年事件として係属したが、いずれも不処分となった。なお、原告については、被告春夫及び一郎に対する暴行事実の自供はあるが、被告春夫自身及びその保護者、一郎自身及びその保護者、ともにむしろ原告を失明させたことの重大さに対し責任を感じており、被害届については提出しない旨申立てがされているとして、不送致とされた。
2 被告春夫は昭和四八年五月一八日生まれで本件事件当時一七歳、被告夏夫は昭和四九年一〇月三〇日生まれで一五歳であり、丁原、戊田及び一郎とともに当時高校生又は専門学校生であった。
被告乙山松夫及び同乙山花子は被告春夫の父母であり、被告丙川竹夫及び同丙川松子は被告夏夫の父母である。
3 原告の治療状況
(一) 東京医科大学病院に平成二年八月三一日通院(通院日数一日)
(二) 慶応義塾大学病院に平成二年九月一日から同月八日まで入院(入院日数八日)
(三) 同病院に平成二年九月九日から平成四年四月一二日まで通院(通院日数一一日)
(以上の事実は当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認めることができる。)
二 原告の主張
1 傷害行為の発生
平成二年八月三一日午後一〇時頃、JR新宿駅一二番線ホームにおいて、原告が電車待ちをしていたところ、原告の背後をスケートボードに乗った被告春夫が通り過ぎた。身の危険を感じた原告が「畜生」と独り言を言ったところ、被告春夫が原告に対し、「畜生とはなんだ」「ガンをつけたな。その目つきは何だ」と因縁をつけ、両者の間に口論が始まった。それを聞きつけた被告夏夫、丁原、戊田及び一郎が原告と被告春夫を取り囲み、被告春夫が原告に対し、ズボンの金属ベルトを締め上げるようにして威嚇したところ、原告は被告春夫から暴行を受ける危険を感じたので、眼鏡を外し胸のポケットにしまい、手に持っていた手荷物をホームに置いた。その時、被告夏夫らは、被告春夫と原告とが喧嘩になった場合には、被告春夫を援護するために原告に対して全員で暴行をはたらくという黙示の共謀が成立した。その時、一二番線ホームに電車が到着したので、原告は電車に乗り込んだところ、被告春夫は原告に対し、「逃げるのか」と挑発したので、原告は被告春夫らに対し、「お前らも乗ってこい」と言った。被告春夫らは口々に原告に対して「降りてこい」と怒鳴っていたが、突然、被告春夫が右足で、原告の右膝を足蹴りにしたので、原告は被告春夫を警察に引き渡すためにこれを捕らえようとして掴みかかった。丁原は、被告春夫を助けようとして原告の右脇腹を足蹴りにしたので、原告は被告春夫を取り逃がした。原告から引き離されて自由になった被告春夫は、原告に対しその顔面を殴打し、鼻骨骨折、左眼球破裂等の傷害を負わせた。その後、被告夏夫が原告の腿や臀部を二、三回足蹴りにする暴行を加え、被告春夫も原告の臀部付近を足蹴りにする暴行を加えた。
仮に右の暴行の共謀が認められなくても、被告夏夫は、同春夫の暴行を防止すべき義務があり、かつ、これを防止することができたにもかかわらず、漫然これを放置して防止せず、原告に鼻骨骨折、左眼球破裂等の傷害を負わせたものである。
2 責任原因
(一) 被告春夫及び同夏夫の責任
(1) 右被告両名には、結果発生に対して共謀の事実が認められるので、前記犯行により原告に生じた損害を連帯して賠償すべき責任がある。
新宿駅の一二番線ホームにおいて、被告春夫と原告との間に、被告春夫の「畜生と言っただろう」という挑発発言から口論が始まり、被告春夫の金属ベルトを引き上げる挑発行為を見た原告が、自らの身を守るために眼鏡を外し手荷物をホームの上に置いたところで、被告春夫と原告とが喧嘩になった場合には、被告春夫を援護するために原告に対して被告春夫ら全員で暴行をはたらくという黙示の共謀が成立した。その結果、被告春夫の暴行行為により原告が失明するなどの傷害を負ったが、被告夏夫も損害を連帯して賠償すべき責任が認められる。
(2) 仮に被告らに共謀の事実が認められなくても、原告が眼鏡を外し、ホームに手荷物を置いた時点で、被告夏夫には傷害の発生を防止すべき義務が認められ、傷害発生を防止することは容易であったにもかかわらず、漫然これを放置して防止せず、傷害の結果を発生させたのであり、過失により結果を発生させた責任が認められる。
また、仮に被告春夫らに暴行の共謀の事実が認められなくても、左眼球破裂・左水晶体脱出の傷害の結果は、被告春夫の暴行行為により発生したことは明瞭であり、被告春夫は結果に対して全責任が認められる。
(二) 被告乙山松夫、同乙山花子、同丙川竹夫及び同丙川松子の責任
(1) 被告乙山松夫及び同乙山花子は、前記犯行当時一七歳にすぎなかった被告春夫の親権者として監督義務があり、その監督義務を怠って被告春夫をして前記不法行為に走らせる原因を惹起させた。
(2) 被告丙川竹夫及び丙川松子は、前記犯行当時一五歳にすぎなかった被告夏夫の親権者として監督義務があり、その監督義務を怠って被告夏夫をして前記不法行為に走らせる原因を惹起させた。
以上により、前記犯行行為者被告春夫及び同夏夫の法定代理人兼父母である右被告らは、それぞれの被告と連帯して、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
3 損害の発生
(一) 治療費 一四八万〇三六〇円
(二) 入院雑費(一日一二〇〇円) 九六〇〇円
(三) 将来の義眼の交換費用 七二万六三七二円
原告は義眼を付け、一回につき九万円、三六年間にわたり三年毎に一八回交換が必要であり、年五パーセントの中間利息をライプニッツ式により控除すれば、次のとおりとなる。
90、000円×(0・9070+0・8227+0・7462+0・6768+0・6139+0・5568+0・5050+0・4581+0・4155+0・3768+0・3418+0・3100+0・2812+0・2550+0・2313+0・2098+0・1903+0・1726)=726、372円
(四) 逸失利益 七〇九八万四四六八円
原告は、昭和四五年三月、丙山大学教育学部を卒業し、本件犯行当時四一歳の男子で、編集プロダクションに勤務していたところ、本件犯行当時既に右眼視力〇・〇四であり、本件犯行により左眼失明し、結果的に「一眼が失明し、他眼の視力が〇・〇六以下になったもの」であり、加重障害として第三級の労働能力喪失一〇〇パーセントから第九級の労働能力喪失三五パーセントを差し引いて、結果的に労働能力喪失六五パーセントとなった。原告は、少なくとも六七歳まで二六年間は稼働することができるから、この間の逸失利益の原価を平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計男子労働者旧大・新大卒四〇ないし四四歳平均年収額七五九万七〇〇〇円を基礎として、ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、その額は次のとおり七〇九八万四四六八円となる。
7、597、000円×14・3751×0・65=70、984、468円
(五) 入通院慰謝料 八五万六〇〇〇円
原告は、入院八日(平成二年九月一日から同月八日)、通院が長期にわたりバラツキがあるため、通院日数一一日の三・五倍を通院期間として通院期間三八日であり、本件犯行は故意犯であるから基準額を二倍して、次のとおり八五万六〇〇〇円が相当である。
(128、000円+300、000円)×2=856、000円
(六) 後遺症慰謝料 二二四〇万円
原告は本件犯行当時既に右眼視力〇・〇四であり、本件犯行により左眼失明し、結果的に「一眼が失明し、他眼の視力が〇・〇六以下になったもの」であり、加重障害第三級の慰謝料一七〇〇万円から第九級の慰謝料五八〇万円を差し引いて、本件犯行は故意犯であるから基準額を二倍して、二二四〇万円が相当である。
(七) 弁護士費用 九六四万円
(八) 既払額 四〇〇万円
(1) 平成六年三月二日の第一四回口頭弁論期日に、原告と戊田冬夫、戊田梅夫及び戊田竹子との間で、解決金として一五〇万円支払うとの和解が成立し、その後支払がされた。
(2) 同口頭弁論期日に、原告と丁原秋夫、丁原三郎及び丁原梅子との間で、解決金として二五〇万円支払うとの和解が成立し、その後支払がされた。
4 よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、連帯して一億〇二一〇万二八〇〇円の内金九一四二万九三五一円及びこれに対する不法行為の日である平成二年八月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 被告春夫、同乙山松夫及び同乙山花子(以下「被告乙山ら」という)の主張
1 当日、酒に酔って帰宅のため本件ホームに立って電車を待っていた原告が、被告春夫らがホームでスケートボードをしていたと誤解し、被告春夫が後ろを通り過ぎたとき、「ちきしょう」と聞こえるように言った。これが本件のきっかけとなった。
被告春夫はこれを聞きとがめ、なぜか原告に尋ねたところ、スケボーをしていただろうなどと言われ、していないと口論になった。口論の中で、原告はわざわざ眼鏡を外してポケットに入れ、荷物を足元に置くなど挑発的態度をとった。
そのうち電車が入線してきて、原告は車内に入り、友人が来ないので引き続きホームで待っていた被告春夫らに対し、「文句があるなら乗って来い」「乗って来い」と何回も大声で怒鳴って挑発を行った。これに憤激して、被告春夫が車内に入り、原告の膝あたりを足で一回蹴って出てきた。
すると、原告は、自己の年齢・職業と相手方の年齢を考えれば、電車から降りて被告春夫の所に行くとしても、口頭でなぜ蹴ったのか理由を尋ね、謝罪を求め、注意すれば足りるはずであるにもかかわらず、カッとなって、閉まりかけた電車のドアを強引に開けて、ホームに飛び出して、被告春夫の襟あたりを両手で掴まえ両手の拳で被告春夫の頭や背中、肩などを無茶苦茶に何回も殴りつけた。原告に殴られている被告春夫を助けるつもりで、丁原が原告を蹴り、また、被告春夫も、身を守るたに、やむをえず原告の顔を右手拳で一回殴った。
眼に負傷した原告は、一層憤激して、何もしていない一郎を追いかけ、階段付近で暴力を加えたので、他の被告らが一郎を助けるため原告の後ろから蹴ったりした。
被告春夫が当日ホーム上でスケートボードに乗った事実、原告が「畜生」と独り言程度に言った事実、被告春夫が「ガンをつけたな。その目つきは何だ」と因縁をつけた事実、被告夏夫が原告を取り囲んだ事実、被告春夫がズボンの金属ベルトを締め上げるようにして威嚇した事実、原告が被告春夫から暴行を受ける危険を感じて眼鏡を外したりした事実、被告夏夫と同春夫との黙示の共謀が成立した事実、被告春夫が「逃げるのか」と挑発した事実、被告春夫らが口々に「降りて来い」と怒鳴った事実、原告が被告春夫を警察に引き渡すために捕らえようとした事実、被告春夫が原告から引き離されて自由になったという事実ないし評価、被告夏夫が何もしない原告を蹴った事実はいずれも否定する。
2(一) 原告は、本件事件当時四一歳の年齢的にも分別あるべき年齢で、元教師の経歴を有しているのであるから、当時一五歳ないし一七歳の高校生であった被告春夫らに対し、少なくとも少年達に教育的態度をとることを要請されていたものである。
また、原告は、些細なことで暴力を振るった前歴を有していた。右経歴を考えれば、以後自己の感情を抑制し、喧嘩、暴力沙汰にならないように注意すべきであった。
(二) 被告乙山松夫及び同乙山花子の責任について
被告春夫ら少年に責任能力があるのに、その親に対して不法行為責任を負わせるには、本件の場合、<1>スケートボードをすることについての指導監督の注意義務、<2>暴行したり喧嘩をしたりしないようにさせる指導監督の注意義務が考えられるが、<1>のスケートボード自体が通常の使用形態で危険な凶器になるとも思われず、かつ、本件もその使用自体による事故でもない。<2> については、被告春夫らの両親には、一般抽象的には右指導監督する注意義務はあるであろうが、実際に本件日時に本件現場で原告に対して暴行しないようにする具体的な注意義務違反があるとは考えられない。本件において、日常的に被告春夫らが集団でスケートボードを使って乱暴したり、喧嘩したりしてきたとの前歴は認められず、両親も知らない。被告春夫にも、この種の乱暴してきたとか、乱暴して補導されたとかの前歴はないから、被告春夫の両親が社会通念上本件結果までも通常予見しえたとか、予測すべきであったとは到底考えられない。かえって、このような場合にまで両親の責任を認めたら、抽象的にすべての子供の行為について責任を負わなければならなくなり、妥当ではない。
したがって、被告春夫の両親である被告乙山松夫及び同乙山花子には本来損害についての責任は一切ない。
(三) 被告春夫は、事件当時閉まりかけた電車のドアを無理やりこじ開けて飛び出してきた原告が、被告春夫に対し、問答無用とばかり襟のあたりを両手で掴んで無茶苦茶に何回も頭、背中を殴りつけたので、身を守るため、他に方法がなく、やむなく右手拳で原告の顔を一回殴ったものであり、正当防衛である。
たまたま重い結果が生じたので、過剰防衛であるとしても、原告には前記のとおり原告の傷害を生じさえるうえで重大な過失があったのであるから、相当程度過失相殺がされるべきである。
本件喧嘩の発生における原告の寄与は一〇〇パーセントであり、暴行に至るまでの間の口論の段階での双方の寄与は、双方の年齢・職歴等、「畜生」の発言の否定、眼鏡を外すなどの行為からみて、原告の六割以上の寄与を認めるべきである。
そして、被告春夫の足蹴りから原告の暴行、被告春夫の手拳による顔面殴打に至るまでの寄与については、本件被害の大きさを一応除けば、一度足蹴りされたからといって何回も殴るのはやり過ぎであり、それをすれば被告春夫から反撃行為を受けることは容易に予測できるし、その内容として顔面を殴打されることも予測されることであるから、全体として、これも原告の年齢・職歴からすれば、五割以上の寄与が原告にあるというべきである。
したがって、失明等の結果の予測は困難であったことを考慮したうえで、全体としての本件損害への寄与(本件発生と結果への寄与)については、少なくとも原告に五割以上の過失があり、相殺されるべきである。
3(一) 原告の逸失利益の基礎となる原告の収入は、少なくとも月二〇万円、年収二四〇万円以下で計算すべきである。
(二) 将来の義眼交換費用の請求は、原告自身の供述により、義眼を装着する意思が明らかに存在しないと認められるから、認めるべきではない。
(三) 慰謝料の通常の金額の一・五倍又は二倍を認めることは、本件経過からして許されない。
四 被告夏夫、同丙川竹夫及び同丙川松子(以下「被告丙川ら」という)の主張
1 本件事件当日、被告春夫、同夏夫、丁原、戊田及び一郎は、帰宅のため新宿駅第六番ホームまで来たが、丁原及び一郎が途中ではぐれた友人の戊原五郎を捜しに行くなどしてばらばらになったため、被告夏夫は、右ホームで他の友人たちのスケートボードを集めて整理していた。そうしたところ、原告と被告春夫がホーム上で何か言い合いをしていることに気づいた。被告夏夫は何だろうと思って二人の近くまで行ったが、何が原因で口論になったのかも口論の内容も分からなかった。そうしているうちに丁原、戊田及び一郎も集まった。原告は言葉があやふやで、明らかに酒に酔っている様子であった。口論をしているうち、原告が、眼鏡を外してポケットに入れ、手にしていた寿司折り様の箱を床に置いたので、被告春夫にかかっていくのではないかと感じた。被告夏夫は、特に声を発することもなく、なりゆきを見守っていた。そこへ電車が来て、原告は荷物を持って電車に乗り込み、ホーム上の方に向いて立ち、「話があるなら乗ってこい」などと言っていた。電車のドアが閉まりかけたとき、被告春夫が電車の中に走り込み、原告を蹴ったあと直ちに下車した。原告は、閉まりかける電車のドアをこじあけて下車し、被告春夫に掴みかかり、激しく同被告の頭を殴りつけた。そして、丁原が原告の脇腹付近を蹴った。被告春夫は一旦原告の攻撃を逃れた後、原告に向かって行き、原告の顔面を殴った。そのとき、被告夏夫は、原告の左眼付近から白い液が飛び出したのを見た。被告夏夫は驚き、瞬時に大変なことになったのではないかと感じた。
原告が電車を降りてから白い液が飛び出したのを見るまで、わずかに三、四分ほどのことであり、被告夏夫は、喧嘩になってしまってまずいなと思いながらただ状況を見守っていた。被告夏夫以外は皆先輩であり、一郎以外は特に親しい関係というわけではなかったので、喧嘩を止めに入るような立場にはなかった。
原告は、目を押さえて下を向き、その後半狂乱となって一郎に掴みかかり、ルミネ方向への階段に一郎を押し倒して、馬乗りになって一郎の首を絞めたり頭を殴りつけたりした。原告の様子が尋常でないため、一郎が危ないと思い、被告夏夫は戊田とともに原告を引っ張って一郎から引き離そうとしたが、原告は離れようとしなかった。そこで、被告夏夫は、原告の臀部を数回蹴り、一郎への暴行をやめさせようとした。その他の被告らも同様の行動に出ていたと思われるが、各人の行動について具体的には記憶がない。そうしているうち、一郎が原告から逃れることができ、被告らはそれぞれの方向に逃げ出した。
以上のとおり、被告夏夫の原告に対する暴行は、原告が左眼に傷害を負った後、半狂乱になって一郎に掴みかかり、首を絞めたり頭を殴りつけたりしたため、一郎を助けるために臀部数回を蹴ったのみであり、正当防衛行為であり、かつ、本件請求の損害とは関係ない。
2(一) 共謀の不成立について
本件は、被告春夫と原告との間で発生した個人的な喧嘩であり、被告夏夫には、被告春夫を援護しようという意思はなく、まして黙示の共謀など存在しない。
被告らはスケートボードで遊んでいた一五歳から一七歳の若者のグループにすぎず、暴力団など暴力行為を行うことを常とする集団とは根本的に異なる。また、被告春夫以外のメンバーにとって、原告と被告春夫の喧嘩は何らの利害関係もなく、グループとしての利害もなく、口論の発端も不明であった。
まして、被告夏夫は、現場の少年たちの中では学年が一番下であり、先輩である被告春夫と原告の口論に対して、ただ事態を見守るよりすべがなかった。
被告夏夫が後に原告を二、三回蹴ったのは、グループの中で親しかった一郎が、原告からいわれのない攻撃を受け、危険な状況にあったことから、これを救出しようと行ったことである。それまでの間、被告夏夫には、被告春夫を支援して原告を攻撃する意思はなく、また、そのためのいかなる行為も行っていない。ただ事態のなりゆきを見守っていたにすぎない。これをもって共謀の根拠とすることはできない。
また、仮に被告春夫が周囲に友人達がいることによって気が大きくなり、友人達の存在が結果として原告との喧嘩の一因となったとしても、口論をしている者の周囲に立っていることが不法行為になるとは到底いえない。そもそもこのグループには暴力的傾向はなく、被告春夫としては、喧嘩をした場合友人達が-喧嘩の理由の如何を問わず-自分を支援してくれるかどうか分からない。したがって、友人達の存在によって気が大きくなったという仮定自体が妥当ではない。被告春夫にとって、周囲に友人達がいることと本件喧嘩の発生とは関係がなかったとみるべきである。
よって、被告夏夫には暴行の共謀は成立しない。
(二) 傷害発生を防止する義務の不存在について
被告夏夫には、傷害発生を防止すべき義務はなく、またその予見もできなかった。
原告の主張は、つまるところ友人が喧嘩をするのを止めないことは不法行為に該当するということであるが、これは社会常識に反している。
原告が眼鏡を外し荷物を置いた(これは明らかに威嚇行為であろう)ことから、被告夏夫は、喧嘩になるのかなとは感じたが、原告が電車に乗り込んだことにより、これでトラブルは終わったと考えた。この判断は合理的である。その後、被告春夫が電車の中の原告を蹴ったことから始まる一連の喧嘩は、被告夏夫の全く予想できなかったことであり、あっという間の出来事で止める間もなかった(強いていえば、丁原のように、原告に対する暴行によって原告の攻撃から被告春夫を解放することはできたであろうが、被告夏夫はこれをしなかった)。
したがって、被告春夫と原告との喧嘩については、予見可能性も結果回避可能性もなかったというべきである。
(三) 被告丙川竹夫及び同丙川松子の責任
右被告両名は、一五歳の男子の親としてなすべきことを行っており、被告夏夫にも特段の注意をしなければならない状況はなかった。よって、右両名には過失はない。
(四) 仮に被告丙川らに何らかの責任が生じたとしても、その圧倒的部分は喧嘩の当事者である原告の責に帰すべきであり、九九・九パーセントの過失相殺がされるべきである。
3(一) 後遺症等級は争う。これは社会生活上の困難性の指標であるから、右眼は矯正視力でみるべきである。原告の右眼は矯正により特に支障なく機能している。
(二) 逸失利益の計算において賃金センサスを採用することは争う。原告は、尋問において実収入が賃金センサスを下回ることを認めていながら、実収入の資料を提出しない。これは訴訟上の信義則に反しており、収入の証明がないものとして扱うべきである。
(三) 慰謝料は争う。喧嘩は双方に原因があり、慰謝料を倍加する理由がない。
第三 判断
一 本件事件の状況、被告春夫及び同夏夫の責任について
1 《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告は、平成二年八月三一日午後六時頃から勤務先で行われた同僚の送別会に出席し、その後歌舞伎町のスナックで二次会となり、午後九時五〇分頃には解散したので、帰宅するため新宿駅に向かい、午後一〇時一〇分頃、JR新宿駅第六番ホームのルミネ口階段付近に立って、一二番線ホームに電車が来るのを待っていた。
原告はもともとアルコールを受け付けない体質のため、当日はビールをコップに一杯ほど飲んだ程度で余り酒は飲んでおらず、少し酒の臭いはしたものの、足元がふらつくような状態ではなかった。
(二) 一方、被告春夫、同夏夫、丁原、戊田、一郎は、戊原五郎ほか一名とともに、同日午後三時頃から午後九時三〇分頃まで新宿中央公園でスケートボードをして遊び、JR新宿駅南口ルミネ口改札を通ってルミネ口階段を降り、午後一〇時一〇分頃、第六番ホームに着いた。
丁原と一郎は一度ホームに降りたが、一緒に帰ってきた戊原五郎の姿が見当たらないため同人を捜しに右階段を上って行き、戊田もジュースを買いに右階段を上って行ったため、被告春夫と同夏夫が右第六番ホームに残った。
(三) 原告がホーム上で電車を待っていた際、原告の後ろをスケートボードに乗って通り過ぎた少年がいたため、原告は、人込みは多くはなかったもののホーム上でスケートボードをするのは危険で非常識と思い、被告春夫が原告の後ろを通った後、「畜生」と言った。
右言葉を聞きつけた被告春夫が、原告に近づき「畜生とは何だ。畜生と言っただろう」と食ってかかったので、原告が争いを避けるため「言わない」と答え、原告と被告春夫の間で、言った、言わないとか、スケボーに乗っていただろう、乗っていないなどと口論となった。
被告夏夫はホームに散らばったスケートボードを片づけていたが、原告と被告春夫の口論に気づき、被告春夫の側でその様子を見ていた。まもなく戊田、続いて丁原及び一郎もホームに戻り、被告春夫の後方で原告と被告春夫が口論しているのを見ていた。
(四) 口論の途中で被告春夫がズボンのバンドを締め直し、ズボンを上げたので、これを見た原告は、被告春夫から殴られるのではないかと思い、かけていた眼鏡を外して背広のポケットに入れ、手荷物を足元に置いた。
その時、一二番線ホームに電車が入ってきたため、原告は手荷物を持って電車の最後部の出入口ドアから乗車し、被告春夫らと対面するような恰好でドア付近に立った。すると、被告春夫は、「逃げるのかよ」と怒鳴り、これに原告が、「話があるならお前らも乗って来い」と大声で応じると、被告春夫、被告夏夫、丁原、戊田及び一郎は、口々に原告に向かって「話があるんだったらそっちが降りろ」などと怒鳴った。
電車の出発の合図が鳴り終わった頃、被告春夫は、ドアが閉まるのを見計らうように、いきなり電車の中の原告に走り寄って右足で原告の右膝を蹴り、すぐさま逃げ戻った。
原告は、これに憤慨し、閉まりかけた電車のドアをこじ開けてホームに降り、被告春夫の両肩に掴みかかり、身をかがめた同被告の頭部を数回両手拳を交互に振り下ろすように殴った。被告春夫が原告を振り払うと、被告春夫の隣にいた丁原が、原告の左脇腹付近を力一杯右足で一発回し蹴りを入れた。
続いて被告春夫は、右手拳で原告の左眼横付近を力一杯一発殴り、そのとき原告の左眼から白い液体が飛び出た。原告は、被告春夫から右暴行を受けた結果、鼻骨骨折、左眼球破裂・左水晶体脱出、左網膜全剥離の傷害を負った。
(五) 被告春夫に殴打された原告は、後ろに立っていた一郎に掴みかかり、ルミネ口階段に同人を押し倒して馬乗りになり、首を押さえつけたり、頭部等を殴りつけたりしたため、一郎を助けようと、被告春夫は二、三回、原告の臀部付近を足蹴りにし、丁原は臀部等を数回足蹴りにし、戊田は臀部、背中等を数回手拳で殴打、足蹴りし、被告夏夫は臀部付近を数回足蹴りにする暴行を加えた。
原告の暴行から逃れた一郎は丁原と一緒にルミネ口階段を駆け上り、被告春夫、同夏夫及び戊田はホームの反対方向に走って逃げた。原告は、側にあったスケートボードを頭上に持ち上げ、被告春夫らに向って投げつけたが、当たらなかった。
(六) その後、被告春夫ら五名は、スケートボードを取りにホームに戻り、電車で一緒に帰宅した。その電車の中で、喧嘩のことは「やばいから話すのはよそう」と話し合った。
(七) 捜査に当たって警視庁新宿署では、新宿駅に立看板を掲示するなど目撃情報入手に努めた結果、平成二年一〇月に犯人グループを三鷹駅周辺等で見かけたとの情報があり、同駅を管轄する三鷹警察署防犯課少年係等に同署管内居住のスケートボードで遊ぶ「少年のグループ」について把握しているかを問い合わせたところ、被告春夫、同夏夫、丁原、戊田、一郎等七名を把握しており、いずれも同じ中学校の卒業生であることが判明したので、同校の卒業アルバムから得た写真を原告に閲覧させるなどして、被告春夫、同夏夫、丁原、戊田の四名の犯行であると特定した。
2 被告らは、被告春夫らが当日本件ホーム上でスケートボードに乗っていたことを否認し、《証拠略》によると、被告春夫及び同夏夫は捜査に当たった警察官に対し「ホーム上で滑っていない」と供述していることが認められ、証人甲田一郎の証言、被告春夫、同夏夫本人尋問の結果もこれを否定するものである。
しかしながら、《証拠略》によると、原告は、捜査段階の当初から一貫して「少年がホーム上でスケートボードに乗って滑っていた」と供述していたことが認められ、本件訴訟においてもその態度は全く変わっていない。
そして、後述するように、被告春夫らは、夜遅くまで住宅街等でスケートボードをしていたことで警察官から何度か注意を受けたことがあり、本件事件当日、ホーム上でスケートボードに乗っていたことを認めると、それが自己にとって極めて不利な情状となることは十分認識していたと考えられること、前記認定のとおり、被告夏夫は本件傷害事件の発生前、ホームに散らばっていたスケートボードを片づけていること、被告春夫も、その本人尋問において、当日ホームに置かれていたスケートボードを足で踏んで立てた可能性は否定していないこと、被告春夫が警察官に供述したように、原告の後ろを通過するとき、スケートボードを手に提げて持っていたというのであれば、原告がそれを見て「畜生」と言う程感情的になるとは考えられないこと、等の事実に照らし、スケートボードに乗っていたのが誰かは特定できないものの、前記認定のとおり、当日、被告春夫ら少年のうちの誰かがホーム上でスケートボードに乗っていたと認定するのが相当である。
その他、前掲各証拠のうち前記認定に反する部分はいずれも採用しない。
3 被告乙山らは、被告春夫が原告に対して殴打したのは正当防衛である旨主張するので、検討する。
前記認定したところによれば、原告と被告春夫は口論の途中、殴り合いの喧嘩になりそうな気配はあったが、電車が入線し原告が乗り込んだことで、言い合いは続いていたものの、喧嘩に発展することは避けられる状況にあった。ところが、被告春夫が、発車の合図が鳴り終わる頃、電車のドアが閉まりかかるのを見計らうように、原告に走り寄って原告の足を蹴ったことが引き金になって、原告は、閉まりかけた電車のドアをこじ開けてホームに降り、被告春夫に掴みかかった。被告春夫の足蹴りは、原告が反撃できない状態を狙った卑劣な行為であるともいいうるものであり、これがなければ、その後の傷害行為に発展することはなかったと考えられる。原告は、被告春夫に掴みかかった際、被告春夫の頭部を数回殴打しているが、それは両手拳を交互に振り下ろすように殴ったもので、身体、生命に危険を生じさせるようなものであったとは認め難い。そのときの態様について、丁原は警察官に「太鼓を打つように殴った」と供述し、一郎は「子供の喧嘩のイヤイヤをするような殴り方」であった旨供述するところである。これに対し、被告春夫が原告を振り払った後、丁原は力一杯原告の脇腹に回し蹴りを入れ、被告春夫がこれに続いて、右手拳で原告の顔面を狙って力一杯殴りつけたもので、鼻骨骨折、左眼球破裂・左水晶体脱出という結果をみても、その興奮の程度、力の込め方の激しかったことが窺われる。
これらの点からすると、被告春夫の原告に対する殴打は、到底防衛意思に基づくものとはいえず、過剰防衛との主張も採用できない。
4 共謀の成立について
前記認定のとおり、被告春夫、同夏夫、丁原、戊田及び一郎は、本件事件当日、午後三時頃から午後九時三〇分頃まで一緒に新宿中央公園でスケートボードをして遊び、一緒に帰宅するため、本件事件現場に到着したものであった。
右被告春夫ら五名はともに同じ中学校の卒業生であり、うち被告夏夫を除く四名は同学年、被告夏夫のみが一年下で、幼い頃からの知り合いであり、スケートボード仲間であった。
また、前記のとおり、三鷹警察署防犯課少年係は、同署管内居住のスケートボードで遊ぶ「少年のグループ」として被告春夫、同夏夫、丁原、戊田、一郎等七名を把握していた。
ところで、原告と被告春夫がホーム上で口論をしていた際、被告夏夫、丁原、戊田及び一郎の四名は、その側に集まってきたが、まだ暴力行為に発展する状況にあったとはいい難い。原告は、被告春夫の金属ベルトを引き上げる挑発行為を見た原告が、自らの身を守るために眼鏡を外し手荷物をホームの上に置いたところで、被告春夫と原告とが喧嘩になった場合には、被告春夫を援護するために原告に対して被告春夫ら全員で暴行をはたらくという黙示の共謀が成立した旨主張するが、この時点では、被告春夫以外の少年はいずれも原告より背が高く、原告に対して五名が対峙したからといって、側に立っているというほかは、原告に対して被告春夫以外何らの行動もとっておらず、右時点で黙示の共謀が成立したというのは困難である。
しかしながら、原告が電車に乗り込み、ホーム上の被告春夫らと対面した状態で、被告春夫らはいずれも口々に原告に向かって「話があるんだったらそっちが降りろ」などと怒鳴っており、そのような状況のもとで、被告春夫が電車の中の原告に走り寄って足を蹴っている。被告春夫の右行為は、他の四名の少年にとって予測したものではなかったとはいえるが、被告春夫が右のような行為に出たのは、他の四名の少年が被告春夫とともに原告に対して口々に「降りて来い」などと怒鳴ったことから、そのことに意を強くしたことは否めない。そして、被告春夫の原告に対する足蹴りに続いて原告が閉まりかかった電車のドアをこじ開けてホームに降り、被告春夫に掴みかかることは、被告春夫を除く右四名の少年にとっても予想したことではなかったであろうが、原告が被告春夫に掴みかかって殴りつけるのを見て、被告春夫の援護行為に出ることは、右状況のもとでは十分に考えられ、丁原が原告に対して力一杯に回し蹴りを入れたのも、そのような援護行為とみることができる。確かに、その時点で原告に暴力を振るったのは丁原のみであるが、右丁原の足蹴りに続いて被告春夫が原告に対する殴打に及び、これに対して、原告がすぐ側にいた一郎につかみかかり、押し倒して殴りかかったのは一瞬のうちの一連の行為であり、その間、被告春夫、丁原以外の被告夏夫及び戊田は手を下していないとはいえ、単なる傍観者にすぎなかったとはいえないというべきである。そして、現に被告夏夫及び戊田は、その後一郎を助けようと、被告春夫、丁原とともに、原告の臀部等を足蹴りにする等の行為に及んでいるものである。
そうすると、原告が電車から降りて被告春夫に掴みかかった時点で、被告春夫、同夏夫、丁原、戊田及び一郎の間で、原告に対する暴行を加える黙示の共謀が成立したものというべきであり、少なくとも、被告春夫を除く四名に、被告春夫の暴行行為について幇助が成立するというべきである。
5 以上によれば、被告春夫及び同夏夫は、被告春夫の前記傷害行為により原告に生じた損害を連帯して賠償すべき責任がある。
しかしながら、原告に対し鼻骨骨折、左眼球破裂・左水晶体脱出、左網膜全剥離の傷害行為を実行した被告春夫と、右傷害について直接の行為を実行していない被告夏夫の責任について、これを同等に扱うことは極めて公平を欠くものであり、前記認定の事実関係のもとで被告夏夫の寄与度は一〇分の一と認める。
二 被告乙山松夫及び乙山花子の責任について
《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。
1 被告乙山松夫及び同乙山花子は、被告春夫が中学二年生の頃、主として嫁姑の問題で別居し、被告春夫は高校一年まで被告乙山花子のもとで生活していたが、その後、被告春夫の希望で被告乙山松夫のもとで暮らすようになった。被告春夫の姉は乙山花子のもとで生活しており、被告春夫は、被告乙山松夫と住むようになってからも、被告乙山花子の住居に行き来していた。被告乙山松夫と同乙山花子は、別居後、被告乙山松夫の母が死亡したこともあり、被告乙山松夫の両親の墓参をするという程度には付き合いがあり、子供のことで電話をしたりすることもあった。
2 被告春夫は、スポーツとしてサッカーやバトミントンをやっており、腕力は強いほうで、喧嘩は強かった。性格は短気なところがあり、これまでに生徒同士で互いに手を出した喧嘩は少なくとも二、三回している。本件事件の二、三か月前、学校で友人と喧嘩をし、相手が鼻血を出したり唇を切る怪我を負わせ、被告乙山松夫が学校に呼び出され、教師から注意を受けたことがあり、被告乙山松夫は、その件で被告春夫を殴りつけるなどして叱った。
3 被告乙山松夫は、被告春夫がスケートボードをしたいというので、これを買い与えた。スケートボードの音がうるさいので、気をつけるよう被告春夫に注意したことがある。被告春夫は、夜一二時頃までスケートボードで遊んだことや、住宅街等でスケートボードをして何度か警察官から注意を受けたり、三鷹の商店街でスケートボードをして苦情を言われたことがあったが、被告乙山松夫は、これらのことや、学校から呼出しを受けた以外に被告春夫が喧嘩をしたことは、本件訴訟になるまで知らなかった。また、被告乙山松夫は、被告春夫が被告乙山花子の家に行くと言えば、被告春夫がその後どこで何をしているのか分からなかった。
右認定の事実によれば、被告乙山松夫及び同乙山花子は、被告春夫が腕力があり、短気で喧嘩をして相手に怪我を負わせ、学校から呼び出されたこともあり、また、夜遅くまでスケートボードをして遊び、このことで他人に迷惑をかけ、トラブルを生じて暴行事件等を引き起こすことは認識しえたというべきであるから、日頃から被告春夫がそのような行為に出ないよう注意すべき監督義務があり、右監督義務を怠ったため、本件事件を引き起こしたものといえるから、監督義務違反による不法行為責任が認められる。
三 被告丙川竹夫及び同丙川松子の責任について
《証拠略》によると、被告夏夫は、中学二年生の頃、学校友達と喧嘩をして、両親が学校に呼ばれて注意を受けたことがあり、被告丙川竹夫は被告夏夫に喧嘩をしないよう注意したことが認められる。被告丙川竹夫は、午後一〇時の門限を設けて被告夏夫の生活を管理していた旨供述するが、本件事件は午後一〇時過ぎに新宿駅で発生しており、そのような監督義務を果たしていたか疑問である。そして、前記のとおり、三鷹警察署防犯課少年係は同署管内居住のスケートボードで遊ぶ「少年のグループ」の一員として把握していたものであり、被告丙川竹夫及び同丙川松子は、被告夏夫がそのようなグループの一員として行動し、暴行行為等に出ないよう注意すべき監督義務があり、右監督義務を怠ったため、本件事件を引き起こしたものといえるから、監督義務違反による不法行為責任が認められる。
四 原告の過失について
原告は、本件事件当時四一歳で、中学や高校、塾の講師の経験を有していた。
そして、前記認定によれば、原告は、被告春夫に対し「畜生」などと適当でない発言をしたことから被告春夫と口論となったこと、電車に乗ってからも、売り言葉に買い言葉で応じ、未成年者にはありがちな高ぶりやすさを煽ったこと、原告は一旦は電車に乗ったのであるから、被告春夫から足を蹴られたとはいえ、そのままその場を去ることもできたのに、わざわざ閉めかかった電車のドアをこじ開けてまで電車から降りていること、被告春夫を警察に引き渡そうとしたのであれば、被告春夫を殴りつけるようなことはせず、直ちに駅員に知らせる等の措置も取り得たと考えられることなど、前記のとおりの経験を有する成年男性としては軽率に振る舞った点があったというべきであり、この点において原告にも過失があり、それが本件事件の一要因となったことは否定できない。その他、前記認定の事実関係のもとでは、本件事件における原告の過失割合は三割が相当である。
五 損害について
1 入通院治療費 一四八万六三六〇円
《証拠略》によれば、原告が本件事件により負った傷害の入通院治療費は一四八万六三六〇円であると認められる。
2 入院雑費 九六〇〇円
入院日数は八日間であり、入院雑費は一日につき一二〇〇円が相当である。
3 将来の義眼の交換費用 七二万六三七二円
《証拠略》によると、原告は、義眼を付けると、一回につき九万円(金額が年々改正されることを考慮する)、平均余命三六年間にわたり、義眼の耐用年数である二年ごとに一八回の交換が必要であることが認められ、これをもとに年五パーセントの中間利息をライプニッツ式により控除すると、原告主張のとおり七二万六三七二円となる。
なお、原告は、やがて義眼を入れざるを得ないことを供述しており、原告が義眼を入れる意思が明らかに存在しないとはいえないから、義眼の交換費用は損害とすべきである。
4 逸失利益 一五五二万五一〇八円
《証拠略》によると、原告は、本件事件当時は株式会社丁川社に勤務し、時間給で辞典や学習参考書の作成や編集等の仕事をし、月収約二〇万円で賞与の支給はなかったこと、原告の本件事件以前における眼鏡による矯正視力は、右眼、左眼とも一・〇であったこと、本件事件後における右眼の視力は、裸眼で〇・〇四、矯正で一・〇、左眼は失明したことが認められる。
右認定の事実によると、原告は後遺障害別等級表第八級の「一眼が失明し、又は一眼の視力が〇・〇二以下になったもの」に該当し、労働能力喪失率は四五パーセントであると認められる。そして、原告は、少なくとも六七歳まで二六年間は稼働することができるから、この間の逸失利益の原価を年収額二四〇万円を基礎として、ライプニッツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、その額は次のとおり一五五二万五一〇八円となる。
2、400、000円×14・3751×0・45=15、525、108円
5 慰謝料
(一) 入院、通院の慰謝料 六〇万円
原告の入院、通院の状況に照らせば、六〇万円が相当である。
(二) 後遺症の慰謝料 一〇〇〇万円
前記認定の傷害の部位・程度、後遺症の程度その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、後遺症に対する慰謝料としては一〇〇〇万円が相当である。
6 以上を合計すると二八三四万七四四〇円となり、前述したとおり三割を過失相殺すると、一九八四万三二〇八円となる。
7 既払額 四〇〇万円
原告がその主張のとおり和解の成立により合計四〇〇万円の支払を受けたことは当裁判所に顕著であり、これを差し引くと一五八四万三二〇八円となる。
8 弁護士費用 一六〇万円
右同額が相当である。
9 以上合計すると一七四四万三二〇八円となる。
10 前記認定の被告丙川らの寄与度によれば、被告丙川らが支払をすべき賠償額は、右金額の一〇分の一である一七四万四三二〇円である。
六 以上の次第で、原告の請求は、被告乙山らに対し一七四四万三二〇八円及びこれに対する本件不法行為の日である平成二年八月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払、被告丙川らに対し一七四万四三二〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払をそれぞれ求める限度で理由がある。
(裁判官 森高重久)